アイルランド文化研究会(日本アイルランド協会)の告知、資料公開、情報交換、討論等を行うブログ。
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質問と応答(3)
ダンスに関して質問があった。
「パンクのポゴをダンスと呼べるのか」という趣旨の質問だったと記憶するが、パンクから転身してアイリッシュ・トラッドよりのバンドThe Poguesを結成したショーン・マッガワンは次のように書いていて、いわゆるアイリッシュ・ダンスのうちでも「古い」ショーン・ノスがパンクの、というよりロックンロールの8ビートと相性がいいことを窺わせる。

ーI used to do battering. A lot of battering, cause I was better at it than I am now. I'd like to get back into that, but I've got a dead leg now. For anybody who doesn't know, battering is improvised Irish dancing, like furious tap dancing, where you batter with your feet on the floor. It's done generally by men. And you put your hands against your sides, like in regular Irish dancing, but you don't follow any set steps. You turn around and jump up in the air and stuff like that. The main thing is that you batter in time, you have to batter your feet in time to the music. It's like, exhausting, but it's really fun. And if you get it right, it makes a really good form of purcussion, you know, using your body as a percussion instrument. (A Drink with Shane MacGowan, p.227)

マッガワンの思い付きとも言えなくはないが、「獰猛で」("furious")「約束事のステップに従わない」点、基本的に「即興」である点で極めてパンクのポゴダンスに近いニュアンスがある。ポイントはあらゆるタイプのモダンダンスに逆らっていることである。

自由奔放さ、乱暴さ、これらがマッガワンにしてパンクと彼が考えるアイリッシュ・トラッドの接合点である、と言えよう。
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テーマ:音楽 - ジャンル:学問・文化・芸術

アイルランド文化研究会(9月例会)のお知らせ
アイリッシュ・パブとはなにか? 百人いれば百人の考えがあるのではないでしょうか。9月の例会は、今や世界の大都市ならどこにでもあるアイリッシュ・パブについて、考えてみます。会場はもちろんアイリッシュ・パブ!

日時:2009年9月19日(土) 15:00-17:00
場所:アイリッシュパブ ザ・シャノンズ
東京都品川区大崎1-11-6 TEL/FAX 03-5437-5779
http://www.avalon-intl.co.jp/shannons/
参加費:無料・お店にてオーダーをお願いします。

▼トーク1
タイトル: ニューヨーク名物、McSorley's Old Ale House
萬崎めぐみ氏 (アイルランド製品輸入販売自営業)

「上等のエール、生のタマネギ、女性お断り。」ニューヨーク・イーストヴィレッジに1854年開業のMcSorley's Old Ale House、看板にそう書かれていたそうです。リンカーン以降の歴代大統領が訪れ、禁酒法(1920~33年)の時代も営業し続けたアイルランド系の酒場で、壁を埋め尽くす額の中にはフィニアンの盟約書(1858年)もあるとか。アクション映画『ハード・ウェイ』や常盤新平氏のエッセイから、この酒場の1シーンを軽くご紹介の予定。(萬崎)

▼トーク2:
タイトル: 「アイリッシュ・パブの過去・現在・未来」
小松健二郎氏
(日本アイルランド協会 会員/アイリッシュパブ ザ・シャノンズ オーナー)

アイリッシュパブ(東京都品川区大崎)を営業されている小松健二郎にお話を伺います。開店されてから10年を経た今、改めてアイリッシュパブをめぐる状況の変化、その魅力、これからのビジョンについて、存分に語って頂きます。
質問と応答(2)
質問:カトリック教会が性とポピュラー音楽の主要な抑圧装置として働いていたと聞こえたのですが、そういうことでよいのでしょうか?

性とポピュラー音楽をセットで論じることはなにも私の発明ではなく、ポピュラー音楽研究ではありきたりなことです。ただし私の狙いはアメリカ1950年代以降の新中産階級若者によって担われたカウンターカルチャー論を、時間的かつ空間的に敷衍化して19世紀中期以降のアイルランドにおける性とポピュラー音楽(民衆の音楽を含める)を論じたかったわけです。

つまりパンクを含めた商業音楽(大衆に消費される音楽)を歴史化する、ということです。

さてカトリック教会の係わりですが、私は発表の中で「ボディー・ポリティック」という概念を強調しておきました。その目的はカトリック教会を「抑圧」の主力として叩くのが目的ではなかったからです。つまり「ボディー・ポリティック」という場合の政体は人間の身体と同じようにさまざまな器官・体液などの相互作用で成り立っているわけですから、教会も政府、資本、教育、家庭、個人等のような社会構成部分に過ぎません。身体に病気が進行すればさまざまな器官が連動するように、性に対する規制も教会のみならず、社会を構成するすべての要素による調整というものが働いているはずです。

そうは言っても教会がそれらの要素の中でも一時期に力を持っていたことは明白ですから言及することが多くなるのは仕方がありません。でもそれは必ずしも教会のみを批判の対象にしていることにはなりません。社会の構成要素それぞれが係っていることです。

また「ボディー・ポリティック」という言葉で私が伝えたかったことは身体に対する政治に止まらず、「身体による政治」を際立たせたかったからです。この観点に立てばダンスという文化形態も、さらにはダンス音楽としてのポピュラー音楽もまたすぐれて「ボディー・ポリティック」なわけです。

今回はこんなところです。

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質問と応答(1)
質問:アイリッシュ・パンクというのはどこあたりが「アイリッシュ」なのか?

うまく発表では答えられていない質問だったと思いますが、そもそもアイリッシュ・パンクという造語はアメリカはボストンのアイリッシュ・コミュニティー出身のドロップキック・マーフィーズ(Dropkick Murphys)やロサンゼルスのアイリッシュ・コミュニティー出身のフロッギング・モリー(Flogging Molly)などのバンドを称して1990年代後半に使われだした言葉であり、私が発表で挙げた70年代のスティッフ・リトル・フィンガーズやジ・アンダートーンズがそう呼ばれていたことはありません。

アメリカやその他(オーストラリアなど)のアイリッシュ・パンクの特長は伝統楽器(アコーディオン、マンドリン、ティン・ホイッスル、ブズーキ、フィドル、バグパイプ)のメンバーと90年代パンクリバイバル(Green Dayに代表される)の早いビートのロックバンド編成を組み合わせたものであり、その先駆けとしてロンドンのアイリッシュ・コミュニティー出身のザ・ポーグスがいたわけです。

ポーグスは70年代末のオリジナルパンクに影響を受けていて、ドロップキックなどの早いビートの曲調は少ないわけですが・・・。

つまりアイリッシュ・パンクはもともと雑種性の音楽形態であり、アイルランド移民がその主要な担い手だと言えます。残念ながらアイルランドでは盛んではなく、70年代のアイルランドに存在していたのは極めてロンドンやアメリカ西海岸のオリジナルパンク(ザ・クラッシュやラモーンズ)に近いバンドだったと言えます。

そこらへん私の議論が整理されておらず混乱を招いてしまったのではないかと思います。

ちなみにドロップキック・マーフィーズの動画です。

http://www.youtube.com/watch?v=ALH9afb4r2s

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研究会報告(1)
パンクを歴史化する
――アイルランドと性の飢餓
九谷浩之(立教大学、他)
要旨
デ・ヴァレラ政権下のアイルランド(南)において推し進められた近代化は北アイルランドをもその影響下に治めていた。それは19世紀末から続くナショナリストの理想であったゲーリック=カトリック=田舎主義のアイルランドであったが、一方でラジオ・テレビなどのメディアを発展させながらも経済・文化的には孤立主義を貫くものであった。この内向きの近代化の過程において一つの標的とされたのが国民の身体<ボディー・ポリティック>の管理である。ダンスは認可されたダンスホールでしか踊れなくなり、音楽はダンスのための音楽からコンサートホールで座って視聴する<芸術>となる。今発表ではパンクを50年代後期に花開いたショーバンドの文脈に置きなおし、新中産階層の<芸術>としてではなく、ダンス音楽として、つまり身体の管理からの逸脱として捉えてみたい。


すでに今年(2009年)の6月21日に日本大学芸術学部にて報告終了。
以下、報告を終えての雑感、資料公開、質疑応答で十分に答えられなかった質問に答えていきたいと思っています。

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